――キャバクラ「新宿 CATS キャッツ」とは、キャバレーとクラブを組み合わせた「キャバクラ」という新語が世の中に登場してきたときに話題となった店。キャッツがオープンしたのは、今から38年ほども前。昭和60年あたりで当時は今とは違って景気も良く、東京都民は皆、浮かれ気分で夜の繁華街を闊歩していたものです。そのとき世の中に登場してきたのが「キャバクラ」というお店。クラブほど高級でもなく、それでいてキャバレーほど安っぽくもない
――ちょうどその中間に位置する料金体系から「キャバクラ」という新形態のお店が生まれたのです。当時「キャバクラ・キャッツ」の人気は飛ぶ鳥を落とす勢いで、数多く存在するキャバクラの中でも超人気店として名をはせていました。また、日本国内においてのキャバクラの歴史に名を刻んだ名門キャバクラでもあります。今となっては当時の影すらなく完全に忘れ去られた存在となっていますが、著者にとっては脳裏に根強く残り続けている思い出深きお店でもあるのです。
私が人生においてキャバクラなるものを知ったきっかけ、それがキャッツ
渋谷のテレクラで散々遊んだあとのことでした。当時私は原宿のおんぼろアパートに住んでいたので山手線に乗って帰路をたどろうとしていたのですが、どうしても遊び足りなくそのまま原宿駅を通過して新宿駅まで向かったのです。
特に目的があったわけでもなく、ただ単に漠然と。電車に揺られること十数分、気がつけばそこは新宿駅。電車から降りた私は多くの人々が行き交う駅構内をふらふらと歩き回り、「さあてと、どこに行こうかな」と頭を悩ませていたことをよく憶えています。
とはいえども、新宿といえば歌舞伎町。そう、あとにも先にも歌舞伎町でしょう。私はその当時からそういった認識が強くありました。否応なしに思考はネオン煌めく歌舞伎町方面に向き始め、気がつけば多種多様な人間が蠢く東京の不夜城を目の前にしていたのです。
歌舞伎町といえば、当然のことながら飲み屋がたくさんありますし、同時にファストフード店やレストランなどの類いの店も豊富に存在する。そうかと思えばサウナがあったりカラオケボックスもあったりもする。とにかく様々な業種がひしめき合っているのが歌舞伎町という街の特徴。
まだ状況したての私にとってはどの店に入ったらいいものやらで、右に行ったり左に行ったり、そうかと思えば細い路地を入ってみたりと、とにかく右往左往するばかりだったのです。
・昭和60年代にキャバクラ・キャッツが店舗を構えていた場所。2023年の今現在はまったく別のお店になっています。
そんなこんなで、まるで夢遊病者のようにあっち行ったりこっち行ったりを繰り返しながらも、たどり着いたのがある一隅。もちろん、私はその場所にキャバクラなる店が存在していることも知らなかったし、結果的に店内で酒を飲んだくれることになるとも思ってもいなかった。
それでも、地元秋田県ではいやになるほどクラブ通いを続けていた私にとって、その店看板はあまりに目立ちすぎだったのです。「CATS」という黒い文字が独特な書体で記されていて、小さなアルファベットで「L.B.H.S CLUB」とある。しかも、店の入り口にはちょうどお客を見送ったあとのキャバ嬢がひとりと、ボーイの男性がひとり。そこで立ち話をしている。遠目にでしたが、その女性はスタイルがとても良かったし顔も綺麗にも見えました。別にその女性のことが特に気になったわけではないのですが、無意識のうちに体が店の入り口へと動いてたのです。
ボーイは緊張気味に歩いてくる私にすぐに気づいで声をかけてきました。
「あ、どうぞどうぞ」
そのまま吸い込まれるように地下へ。そうです。知らない方のほうが多いとは思いますがキャバクラ「キャッツ」なるお店は地下にあったのです。
ユーロビートが鳴り響く活気のある店内
階段を降りて店内に足を踏み入れるや、田舎者の私にとっては夢のような空間が広がっていました。そう、まるで別世界に迷い込んだような感覚に私はとらわれてもいたのです。重厚なバスドラム、耳をつんざくようなシンバルの音。記憶がたしかであれば、そのとき店内に流れていたBGMはデッドオアアライブの曲だったと思います。
「さあ、どうぞそちらへ」
ボーイが手で指し示している席に腰を沈ませた私は、圧倒される空間を眺めながら、ひとまずおしぼりで手を拭き、着ていたスーツの着心地を軽く整えた。胸がドキドキ、両足が微かに震えていたことも憶えています。とはいってもたかがキャバクラです。今でこそ緊張することなどないですが、その当時は案外ガチガチになっていたのです。
どんな子が横に座るのかな――そんな思いで待つこと約2,3分。ボーイがひとりの女の子を引き連れて席にやってきました。
「ご紹介します! ○○さんです!」
あまりに昔のことなので源氏名までは憶えていませんが、ややぽっちゃり気味の普通っぽい女性だったことははっきりと記憶しています。
体中の筋肉を強ばらせている私と同様に、彼女もどこか緊張気味の面持ちでした。
「ああ、どうも。○○です。ここは初めてですか?」
「うん。そうだよ」
「誰かから聞いたとか・・・・・・」
「ここ?」
「はい」
「いや、さっき店の前をふらっと通ってね。それでここを見つけた」
「ああ、そうだったの」
「今日はずいぶんと忙しそうだね」
私はそう言って、広い店内に眼をぐるりと一巡させました。どのボックス席を見ても一般サラリーマンでいっぱい。ぎゅうぎゅう詰めである。
「そうですね、ここは人気があるから」
○○嬢は少々はにかんだ様子でそう言い、ハウスボトルに手を伸ばした。
「飲み物は水割りでいいんですか?」
「ああ、いいよ」
そのころは、私はまだ19歳でした。が、変に大人ぶった様子を取り繕ってタカビーを気取ったりもしていたのです。今思えば、ただの胡散臭い男の一人にしか過ぎません。
というような成り行きを経て、結局私はそのときキャッツにて3時間ほどの時間を費やして酒をガバガバと飲み干していたのです。もちろん、その間は○○嬢と他愛もない話に花を咲かせながら。
聞けば、○○嬢は私と同じ東北の出身のようでして、生まれは青森とのことでした。数ヶ月前に地元青森県から東京へとやってきた彼女は昼間はスーパーでレジのアルバイトをしているとか。そう言われてみればたしかに。彼女はどこか田舎っぽいし、決して都会的な女性ではなかったのです。
色々と話を聞いているうちに、彼女は自分の仕事に対する考え方とか将来の展望などをひしひしと語り始めていたのです。スーパーのアルバイトに不満があるのかどうかはわかりませんが、彼女自身はキャバ嬢という仕事が自分に合っている、と感じているらしく目を輝かせながら水商売に対する自分の思いを赤裸々に語ってもいたのです。
一見、ド派手で煌びやかなキャバクラという場においても、掘り下げてみれば色々な人間模様があるわけです。
その後、チェックを済ませた私は彼女とともに店の外へと。
「ごちそうさま。ありがとうございました。また来てね」
私は彼女に向かって軽く手を振ると、体の向きを3番通りのほうに変えた。
それからまもなく、すっかりと酔いどれ気分となった私を待ち受けていたのは次なるお店「キャバクラ・VIP」だったのです。