キャバクラ摩天楼は、オープン当初は案外繁盛店であったはず。だがなぜか、その後は下火になっていったな。
今からおよそ15年くらい前、区役所通り沿いに「摩天楼」という店名のキャバクラがあったはず。そこに私は足を運んで男のオアシスを満喫したのでした。
私は二度ばかり、その摩天楼なるお店に飲みに行ったことがあります。記憶に残っている限りでは、二度とも本指名。最初に来店したときに指名した子と、二度目は別の女の子です。それはたしかに覚えています。
一度目は「N」という女の子。二度目は「M」という源氏名の子です。
「N」は、可愛さとキレイさが同居したような感じの娘で、「M」は典型的なギャル。
場所は、間違っていなければ、車陽ビルという建物の地下一階のはず。店内は結構広くて、そうですね、少なくとも100坪以上はあるのではないでしょうか。
でも、それでいて内装にはそこまで金がかかっていないような印象がある。そこまでゴージャスな雰囲気でもなかった、という記憶があります。大箱なので、無論、在籍キャストは大勢いました。
その摩天楼なるお店があったテナントは、そのさらに昔は「トレビの泉」というキャバクラが入居していたはずです。実のところ、私はそのトレビの泉にも何度か飲みに行ったことがあります。具体的な回数は、今思い起こしてみても、ざっと7、8回くらい。それぐらいはあります。
かなりの昔の話になってしまいますが、その当時、トレビの泉というキャバクラはなにかとメディアにも取り上げていて、歌舞伎町でも人気のキャバクラとしてまかり通っていたような気もします。
ショーなんかもやっていましたね。それも派手にギンギンと。
私はそのとき高田馬場で美容院を経営していて、札束をに握りしめていそいそと店のドアをくぐり抜けたのを今でも覚えています。あのときは金を使いすぎた。散々と。
その後、美容師業から離れたあと、その近辺(というか区役所通りですけど)でビラ配りのバイトなんかもやっていました。そう、そのビラがどんな店のビラかというと……。なにを隠そう「セクシー・パブ」のビラですよ。今現在はおそらくないのかもしれません。「E」という店です。
ビラ配りとはいっても、ただビラを配るだけではなくて、それと同時言葉巧みに店へと誘い込む、いわゆる「客引き」のようなものです。
私はあまり口が上手いほうじゃないので、そんな客を引っ張ることはできなかった。先輩に嫌みを言われたり、罵られたりしましたね。「てめえ、馬鹿野郎! 使えねえな!」ってね。それも、私よりも年下の先輩にですよ。夜の世界は年齢などまったく関係がない。一日でも早くその店で働き始めていた人間のほうが断然位は上。わずか数日でもあっても、立場は全然違う。顎で使われた。
ビラを配っているとき、ロールスロイスに乗った”その筋”の方に声を掛けられたこともありました。
ちょうど、摩天楼・トレビの泉が入居していたビルの前辺りです。私はそのとき、道路を挟んで反対側の歩道でビラを配っていたのですよ。
そしたら、ふいに誰かの声が耳に届いて――それで私は通行人から視線を外して、その声がするほうへと顔を向けたのです。そしたら眼の先、向こう側の歩道沿いに一台のロールスロイスが「デンッ」と停まっていて、運転席の窓から、いかつい顔をした男性がこちらに眼を向けていたんです。向こうは睨んでいる気はないのでしょうが、その眼は「ギロっ」って言う感じで凄く鋭かった。
それはともかくとして、そんなこんなで歌舞伎町は元より、私は区役所通りという場所にはなんか思いが深いのです。
当然のことながら、夜の区役所通りは喧嘩などのトラブルも多い。
私が通りでビラを配っていたときも喧嘩沙汰がありました。
「ああ、○○さん。なんか喧嘩みたいですよ」
同僚の男性がそう言って、私の傍によってきて「あっち、あっちだよ」と言いながら道の遠くを指差したんです。
どうやら、喫茶店「パリジェンヌ」に近いほうので一般人男性二人が取っ組み合いの喧嘩をしていたみたいです。
ほどなくして、もう一人の同僚が私のほうにやってきて、「あの黒人さんが止めに入ったみたいだよ。やっぱ、黒人さんは力が強いね」
そう言っていました。
その彼が言っている黒人さんというのは、私が働いていたセクシー・パブの近くにあるパブクラブの店員さんで、自分とは親しくしていた陽気な黒人男性なんです。
仕事中に私の傍を通るなり、「へい、アニキ! 元気かい!」って、いつも声をかけられていましたね。
(あの黒んぼお兄さんは、いまごろどうしているかな、と今思いました。そういえば、川崎の駅前でテレクラのティッシュを配っているとき、見かけたな……彼は川崎に住んでるのか?)
喧嘩だけなら、そのときみたいに、近くにいた屈強な男性が仲裁に入ればなんとかなるものの、それよりももっと凄い凶悪事件ともなったら、もう眼にもあてられないでしょうね。たとえば、相手が刃物を持っていたり、あるいは拳銃を持っていたり、とか。そうなるともうどうしようもいない。警察を呼ぶしか手はないでしょう。どう考えても。
実際、私がそのセクシー・パブで働いていたときは殺傷沙汰もなかったし、殺し合いなどもなかったです。
え? もしかしてこの記事を読んでいるアナタ、「殺し合い」と聞いて驚きましたか?
地方に住んでいる方であれば、驚くのも無理もないと思います。私が昔住んでいた秋田県でも殺人なんて物騒な事件、そうそう起きませんでしたから。驚くのは当然かもしれません。でもです。大都会東京においては、「殺人」という事件はさほど珍しくないのですよ。
実際、私が六本木のクラブでウエイターのバイトをしていたときも、その店が入居しているビルの真ん前でいざこざがあって、一人の男性が腹をナイフで刺されましたから。コレ、嘘じゃなくて本当の話ですよ。
おそらくカタギ同士のいざこざじゃなくて、やはりヤクザ同士のトラブル、あるいは対立劇だと思います。なにせ、逆上した挙げ句にナイフで刺しちゃうんですから。通常の人間には、そんなことはなかなかできません。
私が思うに歌舞伎町よりも六本木のほうが危険だと思いますね。六本木はまさに危険で物騒な街。大都会東京で一番の「暗黒街」ですよ。
とはいえ、歌舞伎町だって毎晩のようにどこかで、誰かと誰かが道端で喧嘩をしているだろうし、それに店内でも従業員にくだを巻いて困らしたり、挙げ句は手には料金のことでトラブルになって、その結果、店の従業員に殺される羽目になった哀れな方もいるくらいですから。
因みに、私が昔のみに行ったことのなるパブクラブでも、一人の男性客が店員に暴行を受けて殺されましたからね。これも嘘ではなく事実です。
とにかく、歌舞伎町という街は色んなことがある街なんです。もちろん、前述したような物騒な事柄に限らず、もっとほのぼのとした話もあるでしょうし、どこか胸を打つような感動的なエピソードだってあるはずです。
歌舞伎町という街では、絶えず様々な人間模様が裏で描かれているはずです。影を背負った男と、どこかワケありの女が交錯する街、それが歌舞伎町。
私にとって、そんな歌舞伎町という街は非常に小説の舞台にしやすい街なんです。これほど絶好の舞台は他にあまりない。まあ、でも、その考え方が7小節を書く上でいいのか、悪いのか、それはどっちかわかりません。小説の題材を取り上げるきっかけとしては安易とも言えるし、楽をしているという側面さえあるのかもしれない。だから、あまりよくはないのかもしれませんね。
でもです。私はなにも、歌舞伎町という街が犯罪多発地帯だから小説にしやすい、と言っているわけではないし、男の女の色恋沙汰が多そうだからと、そのような考え方をしているわけでもありません。
そこに人間ドラマが実際に存在している――だから、それだけです。
小説というものはなにも人間の幸福話をストーリーを描くわけでないし、ほぼ例外なく「不幸な話、悲劇的な話」で物語全体を構成していかなかくては意味がない、とそう思っています。
いつ、なんどき犯罪に巻き込まれるかわからない街、歌舞伎町。
これらのことから、私は歌舞伎町という街を舞台とした小説を何作か書いてきました。
そして、最新作が「暗黒街の守護神」
主人公「影山恭一」を、どんなきっかけで事件に巻き込ませるか、いかようにして絶望の淵に追い込むか、それを散々考えた末、私は物語の冒頭で、自身のなじみ深い区域、区役所通りに主人公「影山恭一」を登場させました。そして、そこで影山恭一が目の当たりにしたのが、「焼け焦げたキャバクラ」で、そのモデルとなったのはまさに先述した「摩天楼とトレビの泉」が店舗を構えていたところ。そこなのです。
彼女が働いていたキャバクラが、火炎瓶を投げ込まれて燃やされる、という事実を知った直後、影山恭一はある騒動に巻き込まれて人を殺すことになります。